葬儀関係の本を読んでいると、新しげな葬儀が次々紹介されていて「あれもいいな、これもいいな」みたいな気持ちになってくる。が、それは自分の葬儀をイメージしているからで、人がみな個性的な葬儀を望んでいるのかというと、しつけそうでもないらしい。葬送ジャーナリストの碑文谷創は〈家族にとっては「葬儀を出す」ことに比べたら「どんな葬式か」は、多くの場合あまり問題ではないように思われる〉と述べている。〈それが「葬儀である」との合意が得られていさえすれば、「葬式を出す」ことによって家族は自らの責務を果たすことができるのだ。事実、阪神大震災の折り、個別の葬儀を出せなく、市や地域の合同慰霊祭が多くの人の場合の葬式となった。そしてそれに参加することが熱意をもって行われた〉(『死に方を忘れた日本人』)と。できる葬儀をできる形で出す、それが基本だということかもしれない。
ウブガミは、日本の庶民たちのいだいてきた古くからの伝統的な神観念の一つである。とりわけウブの意味については、柳田国男の説が興味深い。ウブが人の産まれることと関係が有るらしいという以上には、私には殆ど何一つ答えられない。それが本来は我々の産まれた土地というだけの言葉で、神をウブスナ様というのはそのウブスナの神の略語であるのやら、又は最初からウブスナとさえ言えば神であったのやら、どちらか一つであろうがどちらともまだ私には言えない。(『月曜通信』)すなわちウブガミはウブスナガミ(産土神)のことではないかというのである。宮城県伊具郡あたりでは、かつて家ごとに屋敷の隅または近くに、産土様あるいは産神様として石の厨子を安置して祀っていた。熊本県球磨地方では、ウブガミのことをホウキガミサマともいっていた。
「はあい、よくできましたあ〜」「えらいねえ〜」子どもと話すとき、私たちは自然に語尾を伸ばしたり、疑問形のように語尾を上げてしゃべったりすることが多い。これは子どもに合わせ、かわいらしさや親しみやすさを出すためだ。しかし、ビジネスシーンでの、語尾伸ばしは嫌われる。「ありがとうございまあ〜す」「よろしくお願いしまあ〜す」では、仕事を甘く見ていると思われても仕方ない。「着てみとくう〜?」「気になっちゃう感じい〜?」など、語尾を上げタメ口で接客をするギャル系店員さんのものまねも人気だが、これもややぶしつけな感じが笑いを誘っているのだと思う。ビジネスモードに切り替えるなら、語尾は上げずにきちんと発音し、「ありがとうございました」のあとに「。」と句点をつけるようにイメージして発音してみよう。品位と責任感ある落ち着いた印象になるはすだ。語尾を伸ばした言葉づかいは恋愛シーン限定。仕事とプライベートのメリハリ、語尾でもつけてみよう。